院長の近況報告

飯田線つながり

1958年制作の東映映画、松本清張原作の「点と線」を観ました。
1958年2月に連載作品を加筆訂正後、光文社から出版されたものを、即映画化した様です。
この作品によって、今に続く根強い清張ブームが始まったそうです。
今でも、清張作品は主人公が次々に替わって、映画化・テレビドラマ化と、リメイクされ続けています。
1958年制作の東映映画は(たぶん)はじめて観た(テレビで)と思います。
60年も昔の作品で、(私が生まれた頃)知っている俳優といえば、犯人夫婦役の山形勲・高峰三枝子、志村喬、加藤嘉くらいで、志村喬は、黒澤明作品の「七人の侍」・「生きる」に出演していましたし、加藤嘉は、故加藤剛と共に「砂の器」にも出演していました。

ところで、何故、「点と線」かというと、犯人夫婦の奥さんが、時刻表マニアで、犯行を計画するのですが、映画の終盤で、中央線から飯田線に乗り換えるという夫婦の会話のなかで、乗換駅の辰野、伊郡、赤穂、市田、飯田、天竜峡など、次々と飯田線の主要駅名が出てきて、懐かしく思ってしまいました。

たまたま、同日の、平成30年10月20日付の朝日新聞の夕刊に、信州伊郡谷出身という人の投稿があって、偶然、両者が同日に結びついたわけです。

私が帰省する時は、飯田線で辰野駅から5・6番目の駅のどちらかで降りるのですが、投稿した人は、私より、20年位年輩の人の様ですが、江戸時代、人の移動が禁じられていた訳ではないのに、海の水が塩辛いという事を知らなかった事に驚きました。
日本昔話に「海の水は何故からい(塩辛い)」というのもありましたし、小学生の時、蒲郡(愛知県)の親類の家に海水浴に行ったこともありましたから、同じ伊郡谷出身とはいえ、こんなに時代較差があったのかと思うと同時に、その時、中央西線がまだ電化されていなかったので、蒸気機関車で蒲郡に行った記憶があります。
こうした事を隔世の感と言うのでしょうか?

 
海の水は何故からい(塩辛い)